エレナは石造りの小屋の前で立ち尽くしていた。
遠くから聞こえる鳥のさえずり──けれど、どこか霞んでいる。現実の音なのか、それとも記憶の残響か……
ふと、足元の影が揺らめき、エレナは視線を落とした。
「どうして……こんな場所に……」
目に飛び込んできたのは──古びた懐中時計だった。
エレナはゆっくりとそれを拾い上げた。銀の細工は擦り切れ、蓋にはうっすらと指の痕が残っている。
蓋を開けば微かに音を立てて時を刻もうとするが、針はもう動かない。そこに刻まれた時間は、二人が最初に出会った瞬間を差し示していた。
掌に残る重みが記憶の扉をゆっくりと開いていく。
エレナは自分の中で、ずっと閉じ込めてきた感情が揺らぎ出すのを感じた。
シオンが森の研究に夢中だった頃、シオンがよく胸元に下げていたものだ。「観察の時間を記録するため」──そう言って笑った、あの横顔が脳裏に浮かぶ。
そのとき風が吹き抜け、懐中時計の内蓋に仕込まれていた小さな写真が、ふわりと宙に揺れた。
そこには、小さな草原に射し込む柔らかな陽光の中、シオンと、その隣で身を寄せるように微笑む私の姿があった。時間の彼方に置き去りにしてきた、まだ壊れる前の記憶──
胸の奥で記憶が静かに波紋を広げていく。
これはシオンが遺したものではなく、私が置き去りにしてきた想いだ。
「もう平気だと思ってたのに……」
囁くようなその声に、森の風がそっと頬を撫でた。慰めるように、もしくは確かめるように。
「私……ずっと、忘れたふりをしてただけだったんだね」
声は震えていない。けれど、その目の奥には、ずっとしまっていた想いが溶け出していた。
あのとき言えなかった言葉が、今も胸の奥に引っかかったままでいる。
永遠に届かない想い……
私はまだシオンのことをきちんと送り出せていない。シオンが亡くなったという現実から背を向けたままだ。
強くあろうとするほど、あの人との記憶に触れるのが怖くなる……
あの優しい声、穏やかな横顔、森のことを語るときにだけ見せた無邪気な情熱──その全てが今もなお、私の中では色あせていない。
「エレナ、どうしたの?」
リノアの声がそっと耳に触れ、現実へと感覚が引き戻される。
「あれっ……消えた……?」
エレナは掌を見つめた。
さっきまで、そこにあったはずの懐中時計がない。
あの写真も、あ